(5)

 隣人の大槻さんとは、朝の出勤時にいつも一緒になる。
 朝の支度を終えて玄関を出ると、ちょうど七波さんと同じように玄関をでた所である大槻さんと、目が合う。
 そして、会釈して、方を並べるようにして、マンションをでる。曜日によっては、ゴミの袋をマンションの共用集積所に持っていく所までご一緒して、マンションの前まで極力口をきかないようにする。
 七波さんは、大槻さんが恐かった。

「なんで?
 その人、そんな怖い顔なの?」
 彼氏の問いに、七波さんは首を横に振る。
「失礼な!」
 大槻さんは、色白で、うりざね顔。平安時代だったらさぞや美人としてもてはやされたであろう、といった風貌をしていた。
 おっとりした外観とあいまって、間近にいると癒される気分になってくるが、見た目からは、恐かったり威圧感を感じたり、といったことはない。
「……じゃあ、その人の、一体何が怖いの?」
 大槻さんの怖いさは、外見ではなく、行動にある。
 前述のように、大槻さんと七波さんは、毎朝の出勤時に、一緒になることが多い。

 しかし、マンションの前で、大槻さんは、駅に向かう七波さんとは反対に向かう。そちらのほうは町外れにあたり、どんどん建物がまばらになって、寂れていくだけなのだが……。
「……たった、それたけ?」
 いいや。
 大槻さんの恐怖の源泉は、そんな所にあるのではない。
 本当に問題なのは、その服装にあった。
 毎朝のようにみかける大槻さんは、いつも浴衣だった。その柄こそ毎日のように変わっていたものの、一年中、浴衣だった。真冬でも、上着もひっかけずに浴衣だった。何十だか何百種類だかお持ちの浴衣を取っ替え引っ替えして着こなし、大槻さんは
、毎朝雪駄をぺたらぺったら引きずるようにして、町外れに向かう。
(つづく)