自分の仕事をつくる

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)

凡庸なライフハック系の本よりよっぽど本質を突いていると思うし、それ以上に、読んでいておもしろい。
様々な人に対するインタビューと、その合間に簡単な論考、という構成なので、語られる内容は多面的であり、ここで要約してもあまり意味がない。
ので、以下に印象に残ったいくつかの文節を引用しておく。

 コンピュータの画面の表現能力は例えば一六七0万色、パントーンという色見本帳は約一一00色で構成されている。が、むろん世界は一六七0色でも一一00色でもない。見本帳の色は、あくまで工場とやりとりするための記号であり、省略化された情報に過ぎない。
 しかしその色見本によって、逆にわたしたちの世界観が狭くなってしまうことが、随所で起こってはいないだろうか。

以上、本文p.25〜26より。

 プロジェクトがはじまって最初の三ヶ月ほどは、手はあまり動かさず、勉強に集中しました。そしてまず五十一カ所の施設を実際に見に行くことに決め、北欧から国内まで、興味を持ったところはだいたい見学し、実際に体験もしてきました。入浴装置を体験してみたり、寮母さんの仕事をしてみたり、入居者と同じ部屋で寝泊まりして同じ食事を食べ、同じ生活をしてみたりします。
 そうしているうちに、だんだん何をするべきなのか、何が問題なのか、自分たちに何ができるのかが細かいところまで見えてくる。この勉強の段階が非常におもしろい! いろいろな分野に数多くの先駆者がいて、それぞれの現場で素晴らしい実践を行っています。そういう方々に出会っていくのは興奮する経験だし、以後友人として仲良くしている人もいます。

以上、本文p.42、p.45より。
町田一郎、象設計集団 http://www.zoz.co.jp

一番最初の、こういうのあったらいいなって思っていたもとの、できあがったものとでは、まったく違ってくるね。椅子だって、最低で一年くらいはかかるしね。時間をかけて、最初のイメージと変わっていくのがやっぱり本式だよ。
 工場とか、作っているところに持っていってもね、ここがちょいと無駄だなあとか、こういうところはお金がかかるとかね。そういう話しがいろいろ出てきますよ。場合によっては、構造も変えないといけない。だから初めっから図面を描いたり、レンダリングで進めていくのなんて、どう考えたって無理だよ。まあだから、今の世間でしているデザインのやり方って、やっぱりダメだね(笑)。

以上、本文p.68pp.68より。
柳宗理、柳工業デザイン研究会 http://www.japan.net/yanagi/

 結局のところ、課題をクリアーしていく唯一の方法は、何度も失敗を重ねることでしかない。ほかに方法はありません。デザインのスキルの大半は、その仕事の進め方の中にあると僕は思う。プレゼンテーションが上手いだけではだめです。

以上、本文p.82より。
デニス・ボイル、IDEO http://www.ideo/com/

「世の中でいちばん難しいのは、問題をつくることです。
 万有引力の法則におけるニュートンの林檎のように、問題の凄いところは、出来上がった瞬間にその答えがあること。それをつり出すのは、本当に難しいことです。その力が大学生にあるかといえば、残念ながらまだでしょう。
 それでも”問題をつくる”という段階に入ろうと思います。『それはいい問題だ』『それは誰も考えなかった問題だね』と僕が思えるものを、彼らに持ってきてほしい」

以上、本文p.118より。
佐藤雅彦東京芸術大学大学院教授。

 できるだけ自由に、自発的に仕事をしてもらうこと。そして、逆説的であること。その仕事の価値を問い続けること。不可能に思えてしまうようなことを提案して、オープンにフレキシブルにね。
 みんな最初は心臓のチャックを閉じている。だからメンタルなプロセスを経て、まずは心臓のチャックを開けてもらうこと。限界を課さないで、極限までいくこと。

以上、本文p.123〜p.124より。
ラウラ・ポウリノ、レッシー社 http://www.alessi.it/

 自分のための道具を自分でつくり、それを欲する人が増えることで次第にマーケットが育ち、仕事として成立する。最初は創業者の手の中にあった小さな仕事が、大きなビジネスに成長していくプロセスを辿った会社は少なくない。
 パタゴニア社の創設者イヴォン・シュナイナードは、同社を立ち上げる前の一九六0年代、自身のロック・クライミングのためのピトンをつくっては、それをヨセミテ公園で売り始めていた。フェザー・クラフト社のホールディング・カヤックは、カヤックロールスロイスと称され、その細部の仕上がりは世界中のカヤッカーの信頼と愛を集めている。オーナーのダグラス・シンプソン氏は、自らの手で製品テストと改良を重ねてきた。現在も製品テストを兼ねて、バンクーバー湾の会社まで、自分のカヤックで通っているという。

以上、本文P.162〜P.163より。

 以前、ある講座のようなところで話す機会があった時に、自分の目的はなんだろうって、あらためて考えてみたんです。すると、パンそのものが目的ではないな、みんながこう幸せにというか、気持ちよくというか、平和的にっていうんでしょうか。そんな気持ちが伝わっていけばいいんじゃないかなって思うんです。
 パンは手段であって、気持ちよさだとかやすらぎだとか、平和なことを売っていく。売っていくというか、パンを通じていろんなつながりを持ちたいというのが、基本にあるんだと思います。

以上、本文p.175〜p.176より。
甲田幹夫 ルヴァン http://levain.chottu.net/

 私たちはいろんな"自分の仕事"を、他人や企業にゆだねてきた。食事や選択などの火事をレストランやクリーニング屋さんに、健康を病院に、旅を旅行代理店に。そんな中、一人一人の生きる力や自信のようなものが、じわじわと弱まっている気がする。全体性を欠いた自分。
 そして自らの仕事を外に託して人生を空洞化させている私と、そこから切り出されたどこかの誰かのための仕事をこなしている私は、同一人物だ。蛇が自分の尻尾をくわえているようなこの堂々めぐりは、一体何なのだろう。

以上、本文p.196〜p.197より。

 無償であるということは、目的性を欠いているということでもある。賞賛を込めて馬鹿と書いている気持ちを示すために、ミヒャエル・エンデの言葉を添えてみたい。
「どんなことでも、意図を持ちすぎてやるべきではないと思いますね。ものごとには、その価値が、まさに意図のないところにある、というケースもあるわけですから。なぜなら価値が、そのものごと自身の中にあるからです。
 人生には、それ自体に価値のあるものが、とてもたくさんあります。経験というのは、何か他のことに役に立つから重要なのではなくて、たんに存在しているというだけで重要なんです。(中略)木を植えるのは、リンゴがほしいからというだけではない。ただ美しいからという理由だけで植えることもある」

以上、本文p.229より。
たぶん、今は、分岐点になっているのだと思う。戦後からずっと続いていた「日本人の働き方」という形態が、解体され再構成されるべき時期、というか。
バブル崩壊以降から続いていたグローバル化という動きが、サムプライズという形で一応の決着をみて、これ以降もこれまでの同じような形態を繰り返していていいのか……と、パラダイム自体を問い直すべき時期、というか……。
むろん、一石一鳥に様々なことが改まるとはとうてい思えないのだが、それでもじわじわと「働き方」に対する考え方が、改変されているのではないか?
そういう時期だからこそ、特にこれから就職を控えているような大学生、あるいはそれ以下の年齢の若い人に読んで、考えてもらいたいな……と思った一冊。