天涯の砦

天涯の砦 (ハヤカワ文庫JA)

天涯の砦 (ハヤカワ文庫JA)

軌道ステーションと月往還船とが事故(厳密にいうと、単純な事故ともいえないのだが……とりあえずは、事故ということにしておく)によって激突し、一緒くたに漂白する中、生き残った乗員たちがあれこれしてサバイバルをはかる……という、一種のパニック物。
シュチュエーション的には「よくあるパターン」ではあるもの、様々な種類の「障害」を用意することで、単調さをうまく回避している。
機体の破損による、酸素や水、食料など、必需物資の欠乏。
地球に落下していく機体を再び押し上げるために行われる応急処置。
死傷者の始末、生存者の救助……あたりは容易に想像がつくのだが、生存者一人一人に明確な過去とパーソナリティを与え、それぞれの行動原理に従って「勝手に」動かすことによって、事態は二転三転し、「本当に助かるのか?」というサスペンスをうまいこと増幅している。
天災としての災害、および、その後の処理……だけではなく、それとは別に、「人間」という予測不能な「敵」を明確に設定に織り込んだことで、この作品は成功が約束されたようなもんだ。
年齢も経歴も様々な男女を、その内面を、裏も表も含めてしっかりと描写できている……ということがあくまで前提になっているわけだが……この描写力があれば、おそらくSF的な設定を使用しなくても、この程度の完成度を保持した作品は制作できるのではないか……と、思った。
もともと、どちらかというと「あまり読者の耳目を引かない、地味な部分に注力する」傾向があるこの著者だが、この作品では、その傾向がかなりうまく作用している。
この作品の中では、それぞれに陰影のある人物造形が、うまい具合に、非日常的な舞台や状況にリアリティを与えている。
CNWというシステムを基調に変革した「約百年の宇宙技術」も……それなりに、細かいところで気になる描写はあることにはあったけど……むしろ、考証として、かなり行き届いていて、考え抜かれたものだと思う。
この手の「宇宙パニック物」では、今のところベスト作品になるのではないか? とはいえ、日本では、こういう傾向の作品を書く人が、ほとんどいないのも確かなんだけど……。