#30

「毎日のように、ここに来ますね」
「合理的だからな。図書館の利用は」
「その割には、いつも顔色がすぐれないようですが?」
「それは……おそらく、いつも退屈に思っているからだからだろう」
わたしは、ことさらゆっくりとした口調で答える。
「この世は、ひどく、スローモーだ。
本は、いい。
自分のペースで読むことができる」
「退屈、ですか……」
そいつは、気障な動作で肩を竦める。
「……確かに、あなたにとっては、たいていのことが緩慢にみえるのでしょう……」
「消えろ」
わたしは、そいつにきっぱりといってやる。
「何度来ても、誘いには乗らない。
この世はひどく退屈だけど、それでも、それなりに楽しいこともある」
その夜遅く、眠れなくなったわたしは、いきなり知り合いの家を訪ねた。
「深い思索には集中力が必要であり、その集中力を発揮するには、うまいコーヒーが必要だ」
昼間、死神の誘惑を退けたことは告げずに、一気にまくしたてると、彼は、げんなりとした顔をしながらも、わたしを部屋に入れてくれるのだった。
「だからって夜中にいきなり来るなよ。
いつもいっているけど」
「知っている中で、一番うまいコーヒーを出すのが君なのだから仕方がない」
彼のコーヒーと、彼の存在が、かろうじてわたしをこの世にひきとめている……とは、彼は知らない。


はてなハイク超短編より転載。