(3)

 七波さんがそのマンションに越してきて、二年目の夏、またまた遊びに来ていた彼氏との会話の中で、何かの弾みで、
「……今度の春、契約更新の時期でさぁ……」
 と、いう話しがでたのが、きっかけといえばきっかけだった。
 毎月の家賃は会社の住宅手当てがいくらかでたのでなんとかなったが、七波さんの収入だと、更新にかかる費用を用意することは……正直な話し、無理ではないが、厳しい。
「……んなん、いざとなれば、おれの所に転がり込んでくればいいじゃん……」
 彼氏はそういってくれたが、七波さんは首を縦には振らなかった。彼氏に、不満があったわけではない。
 ただ、普段から車で移動することが多い彼氏の家は、最寄りの駅までかなり遠く、当面、今の会社を辞めるつもりはない七波さんにとっては、不便な立地条件とはいえない……というのが、唯一の難点だった。
 そんなことを正直に話すのもさし障りがあるように思えたので、七波さんは、話題をそらすことにした。
(つづく)