くらやみの速さはどのくらい

自閉症を人を主人公にした作品。とはいえ、この世界ではある程度、つまり、社会生活を営める程度には症状を改善できる治療法が確立されている近未来、という設定なのでは、主人公をはじめとして何人か登場する自閉症の人たちは、ちゃんと就職して彼らにしかできない、特殊な集中力を必要とする仕事をこなして生活している。
習慣や特殊なこだわりなど、自閉症ならではの特徴や思考をやけにリアルに書いているなぁ……と思ったら、訳者の解説によると、この著者のお子さんが高機能自閉症の人らしい。なるほど。身近に、というか、身内にモデルがいれば、それは、自閉症の人の思考法に詳しくなるわな。
主人公は、ハンディキャップの持ち主というよりは、「普通」とはちょっと違うけど、数学的な才能とかパズルを解くような方面に特化した一種の才能の持ち主として描写されている。同時に、控えめな、目立つことを好まない、善良な人物としても描かれている。
そこに、会社の上司とかフェッシング仲間を粗暴な差別として登場させて……という構造は、ありがちではあるけど、現実に「こういう人たち」は多いのも事実で、説得力はあるんだよな。困ったことに。時として現実は、なまじのフィクションよりも戯画的だったりする。
で、物語的には、そうした自閉症の主人公の日常から始まって、大小さまざまな事件や問題に巻き込まれたり解決したり……という課程を経て、まだ実験段階の治療法……これは、自閉症的な特徴をかなり強引な方法で健常者並に強制する、というもの……を、主人公が受け入れるか否か……という選択を迫られるところで、一応のクライマックスを迎える。
とはいえ、それ以前の段階で肝心のテーマは書き出されてしまっているので、この選択自体には、あまり大きな意味もないような気もするんだよな。
健常者であれ自閉症傾向を持つ人であれ、人間は一人一人みんな違う。中にはその違いを認められないタイプの人もいるけど、実際には違う。本書の大部分を占める詳細な描写は、たしかに大部分、「主人公の目を通して」であるにせよ、「世の中には様々な人がいる」ということをなによりも如実に語っている。
その中で特殊な個性を与えられている、ということの意味……については、実際に本書を読んでみて、感じたり考えたりしてもらった方がいいように思う。