#62

その朝も、いつもと同じようになじみのカフェに入ると、まだ夏の野郎が居座っていた。
「このとこころ、雨ばかりだからもう旅だったと思ったぞ」
挨拶もそこそこに軽く揶揄してやる。
「だ、だって、まだ、八月だし。
こ、子どもたちには、夏休みも残っているし……」
吃音癖の抜けない夏の野郎は、冷房の効いている店内でも汗を拭い拭い、もごもごと不明瞭な発音で答える。
「相変わらず、暑苦しいやつだな」
端的に、率直な感想を述べてやった。
実際、夏の野郎は汗かきの上、でっぷりと太っていて、見た目的に非常に鬱陶しい。
「だ、だって、それが夏ってもんだし……」
夏の野郎は、やはりもごもごと聞き取りづらい返答をする。
「彼、あんまりいじらないでください」
どことなくとげのある声に振り返ると、別の席にいた秋の小娘が立ってこちらを軽く睨んでいた。
「おまえ、もう、この町に来ていたのか」
おれは軽く肩を竦める。
「少し気がはやすぎやしないか?」
「今は低気圧さんが居座っていますけど……」
秋の小娘は、おれの動作を真似て肩を竦めてみせる。
「……もうすぐ、わたしの出番です。ほら、虫の声も……」
いった後、自分の耳の後ろに手のひらをかざしてみせる。
いわれるまでもなく、ここ数日、夜になると秋の虫が鳴き始めていることには、おれも気づいていた。
「……まあ、あと何日かは低気圧のねえさんが出ばっているようだから、お前らはふたりとも出番なしだな……」
おれはそういって、マスターに「いつもの」と注文を告げると、ようやくカウンターに腰掛けた。


はてなハイク超短編より転載。