#51
「まずい」
「悪かったな」
「朝一で飲むコーヒーがまずい。
これほどの不幸があろうか?」
おれの芝居がかった物言いに、テーブルのすみでちゃっかり体育座りしていたこーひーようせいがうんうんと大きく頷いていたりするのだが、すっかりお馴染みになってしまったこいつのことは、今回はスルーの方向で。
「だから、悪かったといっているっ!
まったく……食事には、無頓着なくせに……」
ぶつぶつ文句をいっているのには取り合わず、おれはカップに残っていたまずいコーヒーを一息に飲み干し、冷凍庫から豆を出して新たに挽きはじめる。一、二杯分なら、手回しでもすぐに挽き終わる。ある程度の慣れは必要だが。
「……挽くはじから風味が落ちていくからな。このへんは、素早さが勝負だ」
ペーパーフィルターをセットし、ざらざらと挽いたばかり豆をあけ、ゆっくりとお湯をまわしかける。
しばらく蒸らして、豆全体にお湯がしみわたった頃を見計らって、ぽとぽととお湯を落としていく。お湯を吸った豆が、気泡を交えながらフィルターの中でこんもりと盛り上がっていく。
「……この辺は、焦ってはいけない。
じっくりとお湯を豆に浸透させる」
目分量で二杯分のお湯を注ぎ終えても、お湯を吸った豆は、しばらく、膨らみ続ける。
しばし、様子を見てから、まだお湯を吸って十分に重い豆をぱっと生ゴミ用のゴミ箱にあける。
「……ほら。
こういう過程も含めて、コーヒーを飲むということだ」
そういっておれは、いれたばかりのコーヒーを二つのカップに注いで片方を相方に押しやった。
部屋中に、コーヒーの香りが充満している。
ついでに、こーひーようせいが差し出したお猪口にも、無言で注いでやる。
「……こんなところにばかり、注力して……」
おれがいれたばかりのコーヒーにひとくち、口をつけた彼女はため息混じりにそういった。
「慣れているからな」
おれは、「当然」という顔をして頷いてやる。なにしろ、年季が違う。
「これで、今まで通り、コーヒーはおれの担当、掃除と炊事はそっちの担当ということで」
「不公平だ。せめて炊事だけでも分担したまえ」
「仕事が遅くならない時は、料理くらいはやってもいい。
でも、後片づけは、そっち」
ようするに、朝から家事分担の押しつけあいなのだった。
ついこの間までは、彼女がここまで頻繁におれの部屋に出入りするとは思えなかったのだが、なんだかんだで泊まり込むことが多くなっている。
朝からこんなやりとりをしているくらいなのだから、仲は、まあ、悪くはないのだろう。
おれはちらりと時計を確認し、
「もうこんな時間か」
とかぶつくさいいながら、出勤するために立ち上がった。