卍(まんじ) (中公文庫)

卍(まんじ) (中公文庫)

今更、谷崎潤一郎をじっくりと読む。谷崎は、短編はそれなりに読んでいるつもりけど、長編はこれがはじめてかな?
いやあ、もう、濃い濃い。どろり濃厚。
話しも濃いだけど、「関西弁の聞き取り」という形式を採用したためか、極端に開業が減った文章も、かなり濃ゆい。
谷崎さんは、関東大震災を経験して怖くなって大阪に移った人だから、生粋の関西人ではない。だから、この作の関西弁も、別の人に「翻訳」してもらったそうで(詳細は、本書巻末の「解説」に詳しい)、そういう意味では谷崎本人の文体とはちょっと違うのかも知れないけど……。
「体験者の告白を聞き取り(フィクション内での「事実」)」→「第三者による翻訳作業」と、二段階に渡る迂遠さを経過してもなお残る感情の起伏が生々しい。
同性愛不倫からはじまって情死にまで至る事件の顛末を描く……という内容なのだが、事実関係がタマネギの皮を一枚一枚剥がすように明らかになって行くにつれ、それまで見えていた事物が別の貌を見せていく複雑さと「豊穣さ」。
昭和初期の大阪……という地理的時代的な用件も、大きいんだろうなぁ……。
第一次大戦後第二次大戦前、いうたら、関西圏が一番、羽振りが良かった時代で……そこの上流階級でなら、こういうことも起こりうる……という説得力が、ある。
もっとも、描く方にしてみれば、「その時代が現代」だったから、たまたまそうなったんだろうけど……。
中公文庫版の巻末には、「解説」の他にも、おそらく映画化を記念して、なんだろうな、昭和三十九年九月号の「婦人公論」に掲載された、著者の谷崎潤一郎と、映画版で競演した若尾文子岸田今日子の鼎談も掲載されている。
でも、この鼎談、妙に俗っぽくって、変に軽くて、本編との乖離が甚だしい。谷崎潤一郎が当たり障りのないことしかしゃべっていないのに、苦笑い。
卍(まんじ) [DVD]

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