#33

「つまりその、シュレディンガーさんの箱猫とやらは、蓋を開けてみるまで生死が不明なわけだ?」
「生きているのか死んでいるかの二択ではあるだろうけど、実際に観測してみるまでは、二分の一の確率でどっちでもあり得る、という不安定な状態なわけだ」
雨の夜にいきなり押しかけてきて量子力学とやらの初歩を解説しだす彼女もどうかと思うが、律儀にそれにつき合っているおれの方も、相当に物好きであるとは思う。
もっともおれは、そっち方面の素養は皆無に等しいので、彼女のいうことをどれだけ理解できているのか、といったら、かなりあやしい。
「問題なのは、箱を空けてみるまでは、中身が分からないということだ」
そういって、彼女はちらりとテーブルの隅に置いてある小箱にちらり目線を走らせる。
「……お前、ホワイトデーはバレンタインの後にあるから、後出しじゃんけん的で卑怯だ、とかいってなかったか?」
箱、箱、と会話の端々に強調するものだから、ついついからかい半分に話しを引き延ばしていたわけだが、そろそろ、限界のようだった。
一年近い付き合いともなれば、彼女が切れそうな頃合いも、その態度からかなり正確に予想できるようにもなる。
「それとこれとは別だ。馬鹿者」
彼女はむっとした表情をして、おれの方に手を差し出した。
「こういう行事の存在は、ある意味では馬鹿馬鹿しいとも思うが、だからといってないがしろにしていいものでもない」
「……つまり、欲しいんだな」
おれは大人しく、彼女の掌の上に用意していた小箱を置く。


はてなハイク超短編より転載。