#29

「よう」
「やぁ」
「なんだ、いきなり呼び出したりして?」
「掘り出しものの絶版本を見つけて買ったのはいいが、持ち帰る気力がなくてな……」
「って、荷物持ちかいっ!
しかも、こんなに分厚いハードカバーっ!」
「男の力なら、どうということもなかろう。
コーヒーでも奢るから、頑張ってくれたまえ」
「がんばるのですぅー!」
「って、いつぞやのこーひーようせい!
まさか、おれにしか見えないってありがちなオチじゃあないだろうなっ!」
おれは、テーブルの上に腰掛けてデミカップを抱えている小人さんの姿をみつけ、思わず声をあげる。
「……実際にそこにいるのだから、誰にでも見えるに決まっておろう」
狼狽したおれの様子を、彼女は眼鏡越しにみつめた。
こころなしか、視線が冷たい。
「そんなことより、君の分の飲み物を買ってこよう。
適当に頼んでいいな?」
そういうと、おれの返事を待たずに立ち上がる。
「……なあ、おい……」
おれは、声をひそめてこーひーようせいと名乗る小人さんに話しかける。
「お前、しょっちゅうこんなところに出入りしているのか?」
「こんなところ」とは、古書店街にほど近い、セルフサービスのコーヒーショップのことである。
「はいー」
小人さんは、奇妙な節回しをつけて、片手を高々と上げた。
「ここに来ると、たいてい、誰かしらが奢ってくれるのですぅ……」
……おれの知らないうちに、世界のリアルはメルヘンに浸食されていたらしい……。


はてなハイク超短編より転載。