沈黙のフライバイ

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

いかにもこの著者らしい短編集。
表題作、「沈黙のフライバイ」は、設定先行でドラマ性が乏しいのだが、それでも十分に面白い。
「轍の先にあるもの」は、著者自身とかなりキャラがかぶるキャラの「宇宙にこだわるSF作家」が、「現在」から出発してホラ濃度の度合いを増していきながら未来へ進んでいき、ついには自分で宇宙にいっちゃって「自家用宇宙船を買うためにベストセラーを書きます」と宣言をするところで終わる、非常に楽しい作品。
「片道切符」は、有人火星飛行という宇宙計画と、911以降のテロが跳梁する世相を絡めた意欲作。でも、全然堅苦しいとかいうことはなくて、なんとこの作品の中には、エロスとバイオレンスがあるんですよっ! 野尻作品なのにっ! この人の作品で、無重力セックスとか殴り合いとかが読めるとは思わなんだ。作品全体に漂う、やんちゃな感じがいい。
「揺りかごから墓場まで」は、「バックパックに背負えるほどコンパクトな閉鎖循環系」が開発されたら、どのように世界を変革してしまうのか、というのを、「短編」でちゃっちゃとやってしまった作品。この短さで、着想から開発初期、宇宙開発に利用される普及期のことまで書いてしまう密度が凄い。しかし、中盤ででてくる守口君、実際にいそうだよな、こんな日本人……。
「大風呂敷と雲の糸」は、内容があんまりにもタイトル通りなんで、笑える。そうか、こういうコストダウンの方法論もあるよな……と、目から鱗が飛び出るアイデアだった。
いや、どれもそれぞれ、独自の「味わい」があって面白い。この人、どうしても考証面とかそっちの方が注目されがちなんだけど、この一冊に含まれた短編群を読み比べてみれば、「作家」としても十分な技量とバリエーションを持っている人だと理解できる。