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 つまり、七波さんは、このマンションに越してきてから一年と三ヶ月の間、浴衣姿の大槻さんと一緒にマンション出て、仕事から帰ると疋田さんの歌声が出迎えてくれる、という毎日を繰り返していたわけで……。

「……それ、かえって引っ越したくならないか?」
「最初は、びびったけど……慣れれば、どうってことはないよ……」
 疋田さんはでっぷりとした体型の方だが、歌声は麗しく耳に快い。
 大槻さんは正体と行動原理は読めないのが怖いけど、日々変わる浴衣の柄を予想するのが、楽しみでもある。

「……それよりも、時々顔をあわす川島さんという人がいて……」
 七波さんと川島さんがこのマンションに越してきたのは、同じ日だった。
 七波さんは就職のために越してきたのだが、川島さんは大学に通うために引っ越してきた。
 年齢も近いということもあって、顔合わせた当初から意気投合し、越してきたばかりで顔みしりがいない同士のさみしさ、気やすさも手伝って、こっちに来た当初の二、三ヶ月くらいは、休みの日に一緒に遊びにいく関係だった。

 それが、今では、顔をあわせても軽く会釈するしてすませる程度にまで、関係が希薄になってしまったのは、川島さんのある性癖が発覚して以来、七波さんが、川島さんのことを敬遠しはじめたことが原因だった。
(つづく)