第七官界彷徨

第七官界彷徨 (河出文庫)

第七官界彷徨 (河出文庫)

まず「第七官界彷徨」というタイトルがいい。漢字六文字の角張った字面、パッと見、意味のよくわからない「第七官界」という単語、その割に、「だいななかんかいほうこう」という発音は滑らかで発声しやすく、妙に印象に残る。
この書名を知ったのはどこでだったか、とにかくかなり前であることは確かであって、ともかく見知ったその時から、この著者や著作に関する予備知識もほとんどないにもかかわらず、機会があれば一度目を通しておきたいものだ、と、思っていた。
にもかかわらず、この書物について積極的に調べたり探したり、といった努力をほとんどしてこなかったのは、古典は逃げやしないし、気長に待っていればいずれ読みやすい形で読む機会は、きっとある、という楽観論を持っていたから、でもある。
で、実際に読んでみると……漠然と想像していたよりも、もっとずっとくだけた、といって悪ければ、ユーモラスでポップな内容だった。樋口一葉が没した年に生まれた著者が、1931年だか1932年、つまり戦前に発表した本書は、今の目で見ても全然古びたところがない。
田舎からできた少女が、兄二人と従兄弟一人が住む男所帯に住み込むために上京してくるところからはじまるこの作品は、出てくる人がいちいちどこかしら言動にズレたところがあって、奇妙なユーモアに満ちている。内容的には、同居している男たちやご近所さん、大家さんなど、身近な人々の奇行を、主人公である十代少女の視線から事態を見ていているだけの、ある意味漫然とした印象も受ける構成なのだが、そうした起伏の少ない、取り留めのない内容が、何故か、いちいち面白い。
テイスト的にいえば、森見登美彦氏の一連の作品に近いものがある。
舞台となる時代や風俗を度外視すれば、マンガの原作になっていてそこいらの週刊誌に連載され、コンビニで立ち読み出来てもなんら不思議ではない、シュチュエーションであり、内容だった。