クラッシュ

クラッシュ (創元SF文庫)

クラッシュ (創元SF文庫)

J.G.バラードのカーセックス小説。
バラードさんは、昔っからエロチックかつバイオレンスな妄想を形而上学的に突き詰めて妄想する小説を発表していたけど、これはその極北ともいえるのではないか?
セックス、ペニス、ヴァギナ、精液……などの直接的な単語が奔出するし、実際、作中ではかなりの回数、直接的な行為も繰り返されるのだが、その割にはぜんぜんエロくない。
それらの描写がいちいち自動車事故と関連づけて語られている、というのも「萎え」の一因であろうし、それ以外に、おそらく、性的な衝動をそのままに描くのではなく、「死への衝動」として捕らえ、そっちの局面に比重を多く置いているからだろう。
自動車事故にあってから、事故と性衝動を結びつけるビジョンに取り憑かれた主人公は、その道の「グル」ともいえるヴォーンなる人物(バラードの作品では、よくこの手の「導師」的な人物が登場して、主人公を非日常的なフィールドに誘う……という構図が反復される)に先導されて、様々な事物を体験し、観、妄想する。
記述される文書の大半は、主人公の、妄想、夢想、自己分析、内面描写……である、といっても過言はない。
巻末の「解説」によると、本書は、今のところ「バラードの長編作品の中では、唯一の一人称」だそうだけど、それだけ、素のバラードに近い思考形態の持ち主なのだろう……と、これはまあ、推測。名前も同じ「バラード」氏だし、著者バラードが「読者にそう思わせようとした」ことくらいは、確定してもいいと思う。
物語……というよりは、延々と続く事故描写に、しばし酔った。