怪盗タナーは眠らない

快盗タナーは眠らない (創元推理文庫)

快盗タナーは眠らない (創元推理文庫)

笑える笑える。なに、この超展開。
基本設定としては、「ベトナム戦争時、頭部に受けた負傷が元で不眠症になった男が、世界各地で大活躍っ!」っていうところなんだけど……おそらく、この大筋から連想される「華麗さ」は、本作からは望めない。
一人称を使用する主人公の口調が抑え気味……を通り越して、冷め切っているし、その割には、出たとこ任せで運を天に任せたまま、ほとんど偶然に頼っていくつもの危地を乗り越えていく様子は……ここまで幸運が続くと、もはやギャグの領域。
この主人公のタナーくん、睡眠時間がなくなったのをいいことに、世界中の言語を習得しようとしたりして、それなりに頭がいい設定なのだが……事実、場面場面では、それなりに機知を使う局面も、ないことはないのだが……全般的に見れば、
「……素人が、なに危ないことにむざむざ首を突っ込んでいやがるんでぁ……」をいをい的な、間抜けで危なっかしい選択ばかりしている。
懇ろになった女の子のお祖母さんから「大昔の財宝」の話しを聞いただけで、土地勘もコネもないアルメニアくんだりまでなーんの準備もなく出て行って、途中のトルコでスパイ容疑で監獄にぶち込まれている……というしょっぱなの境遇自体が、もう、タナーくんの根本的なお間抜けさを物語っている。
このタナーくん、変なところで向学心旺盛で、あくまで「情報収集のために」世界各地の民族独立運動団体とか、地動説を信奉している団体とかにごっそり加入していたりする。
いくら本人が「政治的な偏向はありません」と主張したところで、何十という怪しげな団体に加入しているアメリカ人がのこのこ出かけていってうろうろしていたら……微妙な政治的基盤を持つ地域では、そりゃ、警戒はされるわなぁ……。
いろいろあって釈放されるころになり、護送される途中のアイルランドの空港で、護送していた警官をやっつけて逃走、記憶を頼りに、比較的近くで民族独立運動をしている人のところに助けを求めにいき、そこでまたいろいろあって逃亡するまたハメになり、逃亡途中のダブリンで何故か救ってくれた人から謎の書類一式を手渡され……。
と、そこから先はスペインにいったりフランスにいったりイタリアに行ったり、市民革命に巻き込まれたり……と、妙に蛇行しながらも最終目的地のアルメニアで見事財宝を獲得、現地で財宝収拾作業に尽力してくれた人たちと騙し騙されの駆け引きもしっかりと楽しんだ後、アメリカ大使館経由でみごとアメリカに帰国するのであった……と筋書きを一面的に書くと、かっこうよさそうな気もするのだが……読んでいる最中はけっしてシリアスな気分になることはなく、「……なんで、そうなる……」と、いちいち予想の斜め上にいく展開に目を白黒させながら、時折、爆笑しているのであった。
途中、行く先々で美女としっぽりいくシーンもきちんと挿入されているし(念のために入っておくと、その辺の細密な描写はほとんどない。「そういうことがあった」と、淡々と記述されrているだけで)、巻末の解説にもある通り、この作品が執筆されていた当時流行していた「スパイ小説」のフォーマットには、それなりに忠実に書かれているところも、今読むと失笑してしまう。
本作は、あれだ。
マンガ化するのなら、みなもと太郎氏がちょうどいい。
「ホモホモ7」でやっていた、ギャグマンガのタッチとシリアスな劇画調の絵を唐突に入れ替えながら一つの作品を成立させてしまう手法なんか、この作品の雰囲気にぴったりだと思う。