雪沼とその周辺

雪沼とその周辺 (新潮文庫)

雪沼とその周辺 (新潮文庫)

薄い文庫本だけど、密度がある。この人の著作は、総じてそうなんだけど。
巻末に収められた池澤夏樹の解説にもあるとおり、この本に収録された七本の短編には、「雪沼」という架空の土地周辺の人々と出来事を描いている、という共通点と、もう一つ、「道具と人」との関係がしっかりと描かれている、という共通点がある。「人と人」の関係、だけではなく。
一見して起伏がないエピソードの羅列のように見えて、その実、読み終わると確実にずしりと重みのする読後感があるのは、ディテールの細やかさと、物語を記述する「ベクトル」としてのグルーブ感と、そうした些細な細部の描写を実に周到に、バランス良く配置しているからだろう。
物語となる時代は明確に記されているわけではないが、そうした細部の意匠からみても、この物語群はどこか古色蒼然としている。いや、多くの登場人物が中高年で、数十年分の回想を交えながら物語が進行する、という形を採用することが多い所から見ても、やはりこの本は、「未来」よりは「過去」を指向しているように思う。より正確にいうのなら、おのおのの登場人物が「現在に至る過程として、必然的な過去」として回想が差し挟まれる。
過去を指向している、とはいっても、だから、決して後ろ向きの印象ではない。
読み終えた後、「ああ。いい本読んだな」と素直に思える一冊だった。