書けた。

 鏡面の薄くはった埃の膜を拭い、ウィッグを着けた自分の顔を確認すると、驚くほど、母の顔との相似が確認できた。中学に入ってから急激に背が伸びてきたので、今では、体格的にも、失踪した母とそう違わないほどになってきているし、顔つきも、かなり大人びてきている。ネットで調べたメイク法のプリントアウトと鏡とを交互に見つつ、念入りに、慎重に、生まれて初めての化粧を、自分の顔に施していく。
 母が姿を消してから、一年ほどになるのか。もととも家を空けることの多かったので、以前から家事もほとんど自分でやるようになっていたし、特に困るということもなかった。酒癖が悪く、夜中に帰宅して騒いでは、ご近所と家族に迷惑をかけ、しかもそのことを顧みないような自堕落な母だったが、失踪以来、父は、気の毒なほどに憔悴し、急激に老け込んだように見えた。母が失踪する前は、自分と同じように、父も、母を疎ましく感じていたような節もあるのだが、夫婦仲のことは外からは、特に、自分のような子供の視線からは、なかなか伺えないような部分もあるのだろう。
 そして今日は、その、気の毒なほど憔悴し、元気をなくした父親の、誕生日なのだ。鏡を見る限り、自分はかなり母に似てきているし、帰宅した父を驚かせ、ねぎらう趣向としては、それなりに気が利いているように思えた。
 化粧を終え、リビングに用意した普段より若干豪華な食事のチェックをしてから、母の服に着替え終えると、計算通り、父の帰宅を知らせるチャイムが鳴った。こういうとき、判で押したように同じ時刻に帰宅してくる、父の習慣はありがたい。電気を消し、入り口のチェーンを外し、入ってきた父に抱きついて、「正治さん」と、耳元で囁くように、父の名を呼ぶ。父は、「うわぁ!」と叫ぶなり、その場にへたり込み、抱きついてきた自分の身体を乱暴に払いのけ、かなり狼狽した様子で、「洋美! 許してくれ!」と繰り返し叫びつつ、頭を抱えるようにして蹲ったまま、ガタガタとふるえだした。

 こうして修治は、父が母の失踪に深く関与していることを、初めて悟った。


以上、本文861字。
仮のタイトルは決まっているけど、まだ公開しないでおこう。
推敲するかも知れないけど、とくに問題がなければ、基本的にはこれでいきます。
「しばり」とかの条件は、今のところ聞いていないので。

募集期間開始にあわせて、2月1日にhtml化してアップし直すかな。