優しい煉獄

優しい煉獄 (トクマ・ノベルズ EDGE)

優しい煉獄 (トクマ・ノベルズ EDGE)

ある意味では、死後の世界。ある意味では、仮想現実。
ようするに、人間の知識や人格を電子データに転写して、データ上の仮想空間に住まわせる、そんな技術が確立した世界、それも、昭和末期の「不便な」時代を再現した仮想世界で「探偵」業を営む男を主人公とした連作短編。
などと説明し出すと、かなり入り組んだ物語を想像するのかも知れないが、実際に読んでみると平易な一人称で、時にペーソスを滲ませながら必要な情報は要領よく読者に開示されるし、晦渋とか難解な印象はほとんどなく、せいぜいがとこ、「奇妙な設定のとぼけた探偵物語」風の軽い読み物として読み進めることが出来る。
この軽やかな印象はどこから出てくるのかと考えてみるに、そうした凝った設定がすべて、主題的な部分にまで及んでいないからだと思う。
例えば、主人公をはじめとする多くの作中人物は、すでに本体は死亡してデータだけの存在になっているわけだが、そうした「生死の定義」は、あえて正面から考察されていない。
この作品は、ひとことでいうと、凝っている……んだが、その凝った部分をあえて形而上的な部分に接続させないことで、いくらでも重厚に語ることができる部分を、軽やかに回避している。表面上の軽やかさを、保持している。
「ひねくれている」と、いいかえてもいい。
特に後半部分になると、主人公の選択が、正体不明の「占い師」を通じて、仮想世界の趨勢にさえ影響を与えていく……ということが示唆されるわけだが、主人公はそうした事柄に深く思い煩ったりすることなく、よりリアルに、言い換えれば、より面倒くさく、複雑に、不便になっていく「自分の世界」に適応していくことだけを考えている……ように、見える。
深い設定を軽い語り口にで物語る、凝った娯楽作品として、当初の予想以上に楽しめた一冊だった。

Self-Reference ENGINE

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

ああ。もう、なんというむちゃくちゃで破天荒な本だろう。これほどまでに既成のセオリーとかお約束を度外視した作品も、そうそう読めるものではない。この本では、わずか数行先で何が起こるのか、まるで予測できない。よくも悪くも、「何でもあり」の世界だった。いや、ここまで、「いい意味で」出鱈目ができるのは、それなりに大したもんだ、とも思う。こういうの、意識してやろうとしても、そうそう真似できる者ではない。
プロローグと第一部「Nearside」に収められた断章は、それぞれにやはり突拍子のないことばかりが次々と起こるわけだが、何とかくカルヴィーノの「レ・コスミコミケ」あたりを連想しつつ、何とか読み切る。
第一部を読み切った時点で、もう頭の中はイッパイイッパイで、一晩置いてからさらに続きを読みはじめると、今度は第二部ののっけから「自称・アルファケンタウリ星系の超知性体」が、なすやすとネット全体を乗っ取って、ご隠居のごとき口振りで「ちょっと通らせて貰いますよ」などとコンタクトするところからはじまりど肝を抜かれたりする。
それ以降はもう、前半を読んでいた時に感じた晦渋さはすっかりぬぐい去られ、ただひたすら物語をむさぼった。
「イベント」とか「巨大知性体」、「次元間抗争」など、この作品世界ならではのタームにいて、いくらかでも推察ができるようになってきたからでもあるし、第一部冒頭に出てきた「僕」、「ジェイムズ」、「リタ」の三人も、姿や役回りを変えつつも、ときおりひょっこり顔を出し、「作品世界の読解」にそれなりに契機を与えるようになるからでもある。
正直にいって前半部分は多少、退屈な気分も味わったが、後半はかなり興に乗って読み進めることができた。
しかしまあ……なんという世界を日本語で構築してしまったのだろう。
「過去の改変が可能になった世界」というのはこれまでにもいくつか例があるが、ここまで徹底的に「何でもあり」にした成功例は、ほとんどこれだけなのではないか?
わたしには、この本の存在自体が、何かの悪い冗談のように思えて仕方がない。これはもちろん、誉め言葉なんだけど。

国会図書館の本、全国で閲覧可能に・3000万冊をデジタル化

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080107AT3S2803907012008.html

 貴重な名著をいつでもどこでも読めるように――。3000万冊を超える国会図書館の蔵書をデジタル化して全国で閲覧可能にするための法改正に政府が着手する。まずは都道府県立図書館の専用端末と接続。将来はインターネットを通じて自宅やオフィスで簡単に読めるようにする方針だ。

 政府は5月ごろまとめる知的財産推進計画2008にこの方針を盛り込み、2009年の通常国会での法改正を目指す。

まずは、著作権が切れた古いものから着手することになるんだろうが、こういうのはどんどんやるべき。
どうせ数量が膨大だし予算は限られているんだから、手をつけるのも早ければ早いほどいい。

自費出版大手「新風舎」、再生法申請へ

http://www.asahi.com/culture/update/0106/TKY200801060159.html

自費出版ブームで急成長した出版社の新風舎(本社・東京都港区)が7日、東京地裁民事再生法の適用を申請する。負債額は約20億円。関連会社の新風ホールディングス(同渋谷区)を合わせると25億円程度になる。新風舎によると、すでに印刷会社など2社が支援を表明しており、事業を継続しながら再建方法などを調整する。

 債権者に同社が送った書面によると、営業方法を批判する一部報道などの影響で、売り上げが急落し、債務支払いが滞ったという。今後、営業方法や経費面を見直すなどして立て直しを進める。

 同社によると、現時点で、約1100人が自費出版契約を結び書籍を制作中。同社は「制作途上の本の完成と、すでに出版されている約1万5000人の著作を含めた流通ルートは必ず守る。事業継続のなかで再建を図っていくのでご支援とご協力をお願いしたい」としている。

 売り上げの9割を占める自費出版ビジネスをめぐり、昨年には販売方法などが契約内容と違うとする一部著者から賠償を求めて提訴されるなど、トラブルも起きていた。

 9日午後に東京都内で債権者への説明会を開き、今月中旬から東京、大阪、福岡で著者向けの説明会を予定している。

まあ、もともと漠然としたイメージに寄りかかって暴利を貪っていた商法だったからな、企画出版も。
ニュースになったりで新規契約自体も減っているだろうし、こうなるのがむしろ遅いくらいだったと思う。
他の資金源を開発しないと「再生」は難しいんじゃないかな、この会社……。